【あがり症】生き地獄、私のあがり症経験談【体験】

おはようございます、カラス君です

 

皆さんは自身があがり症になったきっかけというのをはっきり覚えていますか?強烈な失敗経験からなるケースが多いので、多くの場合は覚えているケースのほうが多いのではないかなと思います

 

私自身もあがり症になったきっかけをはっきりと覚えています。今回はそんな私のあがり症始まりの物語の巻、的な感じでお届けしようと思います

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 自分が”あがり症“になった日

時は私が小学4年生の時、社会の授業での事でした。それまでの私は読みが得意な方で、小学校でいうところの表現読みに関しては先生から太鼓判を押されるくらいでした

 

特に人前に出る事に抵抗を感じない私でしたが、たった一つの出来事で全ての歯車が狂い始めます

 

 -あがり症になった始まりの出来事-

とある農家の方の話が社会の教科書に載っており、それを「では○○君読んでください」と私に指名が来ました

 

最初は特に気にせず読んでいたのですが、難しい漢字のオンパレードと、一人称の「ワタシ」が本当に駄目だったんです。。。小学生の男子には「ワタシ」なんて言うのすんごい恥ずかしいんですよ;;

 

難しい漢字の度に止まって、「何ていうんでしょうか?」と質問をし、「ワタシ」と言うたびに恥ずかしくて口ごもってしまい、それをクラス中の人たちに笑われました。そんな生き地獄のような拷問の4分間が終わった後、私はすっかり人前で話すのが駄目になっていました

~その後の学校生活~

それからの学生生活は正直なところ「いつ心臓が破裂して死んだり、心労で病気かかって死んでもおかしくないな」と思うくらいには酷い有様でした。まだ読みの授業がない日はいいんです。読みのある授業の日は本当に、本当に辛かったです。。。

 

社会に出てからもしばらくその制約は続き、人前になるべく出ないような仕事を選んでは「あがり症さえなければもっと色々できるのに・・・」なんてよく考えていたのを覚えています

 

これは私の持論ですが、いっそのことあがり症が社交不安障害の全般性にまで発展してしまった場合、もう仕事どころではありませんし、そこまで進行した場合は障害年金をもらって生活することが視野に入るので、そうなればもう一生障害年金で過ごしてもいいと思うんです

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 日本という国の”働く”事への美意識

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症状は辛いが、年金でなんとか食べていける

日本という国は「働く」ことに関する美意識が非常に強く、何かしら働いていないと周りからバッシングされる、または自分自身不安になってきてしまう、そういうおかしな世界なんです

 

ですが、よくよく考えてみてください。なぜ働くのでしょうか?生きがい等は後付けで、まずは「食べること」が第一ですよね?そのために働いてお金を稼ぐはずです。逆に言えば、働かなくても食べていけるのなら無理して働く必要なんかないんです

 

両親がマンションオーナーで余裕の不労収入で暮らしている人、宝くじで億万長者になり引っ込んでひっそり暮らす人、いますよね?食べていけるのであれば働くことに固執する事はありません

“狭間”の人たち

そしてここが本題なんですが、中途半端な立ち位置にいる「障害年金が認められず、しかし症状としては極度のあがり症or社交不安障害の人」

 

ようするに「規定で認められない障がいを持っている人たち」です。障害年金が出ないので、働いて食べていかないといけません。しかし働く際のハードルが高く、どうしても収入の良い仕事には就くことができません

 

仕事の幅がどうしても狭まってしまう

そして彼氏、彼女などのパートナー、および結婚の事。経済的に余裕がないと結婚なんて無理ですし、そもそもパートナーとお茶するだけで毎回死ぬほど緊張する。なんかもう散々ですよね。私はそのタイプでした

~最後に~

今でこそ改善したので毎日充実した生活を送れていますが、あのままの状態が続いていたら多分駄目になっていたかもしれません

 

今回はこのあたりで失礼します。長々とした文になってしまいましたが、あがり症はこんなにも辛いんだ!!という事を魂込めて書きました

 

それでは、今回はこのあたりで失礼します

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